暗闇の中で金属同士のぶつかり合う硬質な音が反響する。
固い壁に覆われた狭い空間だ。
固い壁とはいっても、粘土質の土の壁を固めただけもので、空間の中には細かな土埃が待っている。
「ちょっと、まだ火がつかないの?」
「オイルが腐ってるのかな……さっきさわったときには芯に脂が染みこんでいたから大丈夫と思ったんだけど」
「寒い」
三人分の声が何重にも響いて、巨大な化け物が地の底に身を横たえているかのような想像をかき立てる。
暗闇の中で火打ち石から爆ぜるオレンジ色の光が三人の顔を照らし出す。三人とも若いが、皆一様に表情は焦燥と拾うとにすすけて見える。
「一つ目は簡単に点いたのにな」
「油が切れる前に火を移せばよかったね」
「……気がせいてそれどころじゃなかったからな」
「そこで落ち着くのがあんたの役目でしょうに」
「うーん……」
青年の声は生返事をしつつ何度も火打ち石を何度も火打ちがねと打ち合わせる。火花を受けて火種をするための火口がなかったので、三人のポケットの底に入っていた糸くずを寄り合わせて代用品としているのだ。
「お」
「カイエ、吹いて!」
「いや、ここはゆっくり……」
カイエは要約手にした種火を慎重にランプの芯に近付けると慎重に慎重を重ねて優しく息を吹き付けた。
暗闇に満たされていた空間のオレンジ色の暖かな光が広がる。
その光にカイエの銀色の髪が照らし出される。
「ようやく一息つけそうね」
一瞬だけその銀色の輝きに目を奪われていたジョンは、手の甲で頬を拭った。土埃が横にこすれて、顔に妙な模様を残す。男のような名前だが、れっきとした女性である。ジュヌヴィエーヌ、という大仰な本名を嫌って、彼女と親しい者たちは皆例外なく彼女のことをジョンと呼ぶ。しかし、ジュヌヴィエーヌという名前を厭う割には、彼女の着ている服は時代錯誤の感のあるドレスなのだ。そのあたりにあるこだわりは、カイエにはわからない。
先ほどから口数の少ないもう一人の女性はユーリ。カイエの命の恩人だ。つい二時間ほど前、覆面の男達にさらわれそうになっていたところをカイエが救い出し、こうして大戦前に作られたという地下道をさまよっているのだ。
「ユーリ歩けるわね」
「もちろん、いけるわよ」
「本当に大丈夫?」
気遣わしげなカイエを頭を、ジョンが小突いた。ジョンは女性としても背が低いので人から頭を撫でられることはあってもその逆は滅多にない。地下道に入ってから、何度か頭を付きあわせてルートを相談している最中も小突かれている。
「じゃあ、行こう」
三人は頷き合い、立ち上がった。
ことの発端は、あるいは大戦中にまで遡るのかもしれない……
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