思索駆動 Ergo Drive

第一幕 一

 ガンフック工房。
 共和国の首都から東南に二十キロ。街の半分が地盤沈下で沈んだ『泥濘都市ミロル』の小さな工房だ。
 工房と名乗ってはいるが、実際に何かを作るより、あちこちからがらくたを買い込んでは分解してパーツを取り出して販売したり、くず鉄をプレスして別の業者に売り渡している。
 世界中を巻き込んだ戦争からすでに十年の歳月が過ぎたが、それでも戦争と地盤沈下という天災に襲われたこの都市は、痛々しい姿をさらしていた。 この都市の住民は、金を出し合って共同のポンプを持っている。
 地中奥深くから水をくみ上げるそのポンプこそが、この都市の生命線なのだ。
 ガンフック工房は、そのポンプを修理保全に必要な部品も作っている。
「調子はどうでぇ、ユーリ」
 ごま塩頭のつなぎ姿の老人が、レンチを方手に近づいてくる。
「親方、おはようございます」
 ユーリがこの工房に働きはじめた頃から、ガンフック工房の工房長は、自らを『親方』と呼ぶようにとしつこいくらいに言い続けている。
 確かに親方の見た目は、その呼び名にふさわしい昔気質の実直な職人そのものだ。「ユーリ、こりゃあどこからもってきた?」
「いつも通り、廃品長屋で原型ととどめているものを優先的に回してもらったんですけれど……」
 ユーリがガンフック工房で働き始めてから五年が過ぎている。不思議とユーリは、部品の一部を見ただけでそれがどのような目的を持った機械の、どの部分であるかを推測することが出来た。
 彼女のそのような能力は、ジャンク品の修理、解体を主な商売にしているガンフック工房では大いに役に立った。
「フム……」
 親方は、白いものがほとんどのあごひげを撫でながら、うなる。
「まさか、爆弾、とか?」
 以前にも一度だけ、信管が作動しないままミロルの泥濘の中に埋まっていた不発弾が巡り巡ってこの工房に持ち込まれたことがあったのだ。
 どういった訳か、その不発弾にはユーリの勘が働かなかったのだ。
 そのような経験があったからこそ、ユーリは自分より遙かに経験のある親方の来るのを待っていたのだ。
 ユーリは親方に作業場を譲りながら、汗をぬぐう。
 ガンフック工房では作業中にだらしない格好をすることは許されない。工房には様々な機械が置かれている。稼働中のそれらに巻き込まれてしまえば大怪我をしかねない。
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「ユーリ、おまえはこれをなんだと思う?」
「それが、想像もつかないんです」
 ユーリは作業用のつなぎの前をはだけながら汗を拭く。
「想像でもいい。答えてみろ」
「……調速機……でしょうか?」
「動力に関わるという点では間違いではないが、間違いだな。これは、エンジンだ」
 親方は手に持ったレンチでその金属の塊を叩いた。
 ガンフック工房に持ち込まれるジャンクは文字通り一山いくらで仕入れてくる。
 それらがらくたの中に、時折ジャンクとして埋もれているのが不思議な品が紛れこんでいることがある。
 たいていはそれらは何らかの『訳あり』の品なのだ。
 ユーリはつなぎのジッパーを引き上げながら、親方がエンジンと読んだものを見上げた。
 ユーリの知っているどんなエンジンよりも大きい。その巨大な機械の上下すらも定かではない。
 ユーリが上によじ登って昼寝することも出来そうなサイズだ。まさに見上げるといった大きさだ。
「直に見るのは初めてだろう。これが思考エンジンだ」
「思考……エンジン」
 それは、世界大戦の週末を左右したとされる人の恣意を集合的無意識から汲上げ、それを論理爆発させることによってエネルギーを発生させる。
 思考エンジンをコントロールするには、特殊な訓練が必要らしく戦争中でさえ思考エンジンを搭載した兵器『思走騎兵』は百騎前後しか存在しないという。
 現在は志向エンジンは首都をはじめ大都市のエネルギーをまかなうために運用されている。
 ミロルのポンプの動力として用いられているのは、ディーゼルエンジンだ。
「……」
 目の前にある巨大な金属の塊が本当に思考エンジンだとすれば、それはかつて大戦中に兵器として使われたものだということになる。
「なんつってな」
「へ?」
 親方は時々ユーリをからかって遊ぶという悪い癖がある。
「全く……」
 ユーリはぶつぶつ言いながらも、革手袋をはめ直した。
「それじゃあ、どうしましょう? 圧縮機に掛けますか?」
「いや、解体する……一番大きな整理ボックスを持ってきてくれ」
 親方の言葉を聞いて、ユーリははねるように走り出す。本来なら怒鳴り散らす場面なのだが、親方は金属の塊を見上げて眉をひそめた。
 これがここに現れたことは、何者かの仕組んだことなのだろうか。
 第一世代思考エンジン・タイプエニグマー。
 自らの師が設計した、悪魔のエンジンを自らの手で解体することになるとは。
 親方はふと、自分の足下が揺らぎ崩れ落ちるような奇妙な揺らぎを感じた。



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